2019年8月28日水曜日

集団が持つ承認要求

 各国で、様々なアイデンティティーを持つ人々が、社会から適切に尊厳を持って認識されていないという主張を強めている。それが民主主義の制度を通して政治に影響を与えており、ポピュリスト政治を助長しているとの見方がある。

 社会から適切に尊厳を持って認識されていないという思いが高まると、社会に正当に扱われていない被害者であると自分らを位置づけ、被害者であるから自分らの権利要求を社会は受け入れるべきだと自分らの主張を正当化するという循環。

 人々による様々なアイデンティティーの認識要求は、多文化主義など相互の尊重や差異の承認、自己抑制に基づいて共存を目指す方向で社会は受け入れるしかない。だが問題は、そうした様々なアイデンティティーの認識要求が政治的な主張となって現れる場合だ。

 政治的な主張には利害対立がつきまとう。ある人々の主張が優先されることが、他の人々の主張の制限や不利益になることは珍しくない。様々なアイデンティティーの認識要求が政治的な主張に変換される時、それは様々なアイデンティティーの人々の間の利害対立ともなる。

 個人が持つ「他者から認められたい」という感情が承認欲求で、そうした感情は自分は①もっと高く評価されたい、②不当に低く評価されている、のどちらかに基づく。様々なアイデンティティーを持つ人々による認識要求は、ある集団の承認要求とも解釈できる。

 様々なアイデンティティーを持つ人々による承認要求は、社会から我々は不当な扱いを受けているとの感情の共有によって支えられる。そうした人々の承認要求が解消されるために具体的に何が必要なのかを示す要求が政治的な主張になると、多くの雑多な政治的主張の中に埋没し、特別な主張とは見られなくなる。

 集団による承認要求は、その要求に同調する姿勢を示すことで集票が見込めるので政治家は無視できない。言葉だけなら政治家は、いくらでも様々な集団の承認要求を讃え、支持するだろう。しかし、ある集団の承認要求を政治家が完全に代行することは稀だから、集団の承認要求が満たされることはない。

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