人別帳は江戸時代の戸籍だが、農民や町民ら民衆を管理する制度でもあった(後に各自の宗旨を記載させた宗門人別改帳へと拡大)。人別帳が現在の戸籍と違うのは、夜逃げや家出・勘当などで姿を消した人々、窃盗や刃傷沙汰などで追放されたり所払いになった人々らは人別帳から外されたことだ。
人別帳から外された人々が無宿だ。時代劇映画などでは放浪するヤクザや博徒という無宿が主人公になり、非道な連中を派手な立ち回りで倒したりするが、無宿になった人々の多くは乞食になったり、江戸などに流入して暮らした。無宿となった人々の人数は不明だが、江戸幕府が何度も増えすぎた無宿の取り締まりを行い、佐渡金山に人夫として送ったり、佃島に人足寄場を設けたりしたのは相当数の無宿が江戸に集まっていたからだろう。
無宿という生き方は完全な自己責任の生き方だ。生まれ育った土地を離れて放浪を続けて野垂れ死ぬ人もあれば、放浪先で仕事を見つけて落ち着く人もあれば、金を手に入れるために何でもやる人もあれば、裏稼業に居場所を見つけた人もあるだろう。土地を離れた人も生きるためには金を稼がなければならず、食いつなぐためには自分の才覚に合わせて何でもやらなければならないだろう。
社会保障の制度が未発達だった当時、家族や共同体の助けもなく、市中に放り出された無宿は見方を変えると、全くの自由な生き方を送ったとも言える。自由という概念は当時なかっただろうが、国家権力(当時は幕府)は「敬して遠ざける」存在で、関わりを持たずに生きるしかなかっただろうから、自分勝手に生きるという意味で自由だった。
無宿として様々な境遇で生きた人々に共通する精神があったとすれば、それは個として立つことだった。放浪して野垂れ死んだ人も江戸などで居場所を見つけた人も裏稼業に生きた人も、社会に放り出されてからは独力で生きねばならなかった。個として立つと各自の判断力や行動力など才覚の違いが明らかになる。生きるも死ぬも己の才覚次第というのは、過酷だが分かりやすい構図でもある。
現代において無宿はアナキズムと親和性がある。国家権力の束縛・統制を嫌い、極端になると社会保障なども拒否して、国家権力の世話にはならずに生きると標榜する人もいる。現代の無宿の精神は国家権力の管理・統制と距離を置くことと解釈すると、学問の自由などを重視する研究者は国家権力と距離を置くことに留意するので無宿の精神を幾分か持っているのかもしれない。
かなり以前のことだが、飲み会で酔うと「俺は酒飲み無宿だ」と必ず言う人がいた。酔っ払うと誰かのところに転がり込み、自宅に帰らないことが珍しくなかったというから、友人知人の家を放浪していたつもりだったか。彼が言う無宿は精神ではなく状況を指していたが、豪放磊落を装っていた気配もあり、時代劇や任侠映画のファンだったので、彼には無宿の精神への憧れもあったのかな。
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