春分の日に東京の奥多摩など関東西部を中心に雪が降った。気温は上がらず、最高気温は東京都心で6.6度にとどまり、「真冬並みの寒さ」と報じられた。真冬並みとされた6.6度という気温は、例えば、3月の北海道では、今日は割に暖かいねと人々は感じるだろう。同じ気温でも、真冬に戻ったと感じたり、春の兆しを感じたり、地域によって受け止め方は大きく異なる。
気象用語で冬は「12月から2月までの期間」、春は「3月から5月までの期間」とされるが、境目は明確ではなく、より正確を期するなら「冬と夏の間」とでも定義するしかない。個人によっても寒暖の感じ方は異なろうし、気象は毎年変化するので季節の移り変わりは漠然としている。
しかし、桜の開花や満開、梅雨の始まりと終わりなど気象庁は宣言している。同じように季節の始まりを「○月○日から春になったとみられます」などと宣言しても良さそうだが、そんな気配はない。梅雨関係の宣言は相当にあやふやなのに気象庁は続けているのだから、漠然とした季節の始まりを宣言して、あやふやであっても押し通すことができるかもしれないのにね。
季節の移行期は不安定で、特に春や秋の天候の予想は難しいだろうから、季節の始まりの宣言は気象庁にとってハードルが高いのかもしれない。3月に関東に降雪をもたらす南岸低気圧は、辿るコースの少しの違いで雪になったり雨になったり微妙だというから、「春になりました」宣言などには手を出さないほうが懸命か。
それに、季節の移り変わりを気象庁に決めてもらう必要はないと考える人も多いだろう。四季がはっきりしている日本で、季節感を日本人は大切にし、文学の欠かせないテーマにもなってきた。季節感は個人の感性によるところが大きいので、「春になりました」宣言などは余計なお世話だと批判が出ることは間違いない。
北国では最高気温が5度、6度にもなれば春の兆しである。積雪が日ごとに低くなり、立木の根元ではいち早く地面が見え、道路から雪が消える。春は、東京などでは3、4月くらいだろうが、北国では3月下旬から6月までと長かったりする。
さらに、宣言する前に季節の定義を明確化する必要があるが、そうした定義は難しそうだ。平均気温が季節の目安になりそうだが、例えば、「平均気温が10度を超えたから春になりました」などと宣言することに、さほどの意味はない。やはり季節の変化は日本各地で個人がそれぞれに感じ、判断することか。
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