井伊直弼は安政7年(1860年)3月3日、雪の降る中、桜田門外で襲われ、殺害された。井伊直弼は42歳の時に幕府の大老に就任し、治安を維持・回復するために強権を行使したことから、尊王派などに深く恨まれ、襲撃へと繋がった。殺害された時は44歳だった。
三島由紀夫は1970年11月25日、市ヶ谷駐屯地で自衛隊員にクーデターを促す演説を行った直後に割腹自殺した。多くの小説などを発表し、ノーベル文学賞候補になるなど国際的にも評価が高い作家だった。死んだのは45歳だったが、「楯の会」を結成したのは43歳の時だった。
第35代米国大統領のジョン・F・ケネディは1963年11月22日、米テキサス州ダラスで狙撃されて死亡した。46歳だった。大統領選に勝利したのは43歳の時で、キューバ危機の回避は45歳の時だった。第44代米国大統領のバラク・オバマが上院議員に当選したのは43歳の時で、大統領に就任したのは47歳の時。
歴史を振り返ると、46歳で亡くなった人には天智天皇(中大兄皇子)、淀君、由井正雪、土佐藩で藩政改革に参与した吉田東洋、新島襄、二葉亭四迷、中上健次らがおり、外国人ではフランシスコ・ザビエル、シラー、シューマン、ボードレール、ルナール、サキ、スピノザ、ジョージ・オーウェル、スティーブ・ジョブズらがいる。
40数年の生涯で人は歴史に名を残すことができるのだと、これらの人々は示している。もちろん、歴史に名を残す人はごく少数であり、圧倒的多数の人々は歴史上では無名に終わる。歴史に名を残した人と歴史的には無名のままで終わった人を比べても意味はないだろうが、人の人生を何が分けるのか。
第一には、本人の意欲と努力だろう。何をなすべきかを自覚し、努力することが欠かせないが、努力した人が必ず成功するとは限らないのは歴史の厳しさだ。第二に、運やチャンスが現れた時に、つかむことができるか。第三に、能力を発揮することができるポジションに立つことができるか。
40数年生きてきたからといって、誰もが成熟するとは限らない。歴史に名を残さず、年齢相応の成熟を見せなくても、それも一つの人生で、無為に生きた人生と傍目には見えても、本人には納得できる人生もあるだろう。
一方で、40数年の人生を色あせたものに見せる人もいる。例えば、46年生きてきて、酒に溺れ、自分の娘ほどの女の子に迷う人生を生きるタレント。タレント事務所に過保護にされて生きてきた男の人生のツケだろうが、芸能史には汚名として名が残った。
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