どんな上の句(五七五)に続けても、意味ある狂歌にする魔法の下の句が「それにつけても金の欲しさよ」だとされる。例えば、「古池や蛙飛びこむ水のおと それにつけても金の欲しさよ」「これがまあ終の住処か雪五尺 それにつけても金の欲しさよ」「降る雪や明治は遠くなりにけり それにつけても金の欲しさよ」「朝顔に釣瓶とられてもらひ水 それにつけても金の欲しさよ」など。
この下の句は江戸時代の太田南畝が使ってから広まったと言われるが、室町時代に山崎宗鑑が使っていたともいう。時代を超えて「それにつけても金の欲しさよ」が共感されるのは、いつの世でも人々は金に苦労しているからか。
似たような魔法の下の句に「身捨つるほどの祖国はありや」がある。寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」の下の句だが、こちらは、国家を見つめる問題意識を内包しているので、何の句につけても成立するような下の句ではない。
上の句を選ぶのが下の句「身捨つるほどの祖国はありや」だが、寺山修司の句も上の句と下の句の結びつきの必然性がそう強いわけではなく、心象的な結びつきが強いのだから、読む側の解釈で適合する句は結構ありそうだ。
例えば、芭蕉の句からは「夏草や兵どもが夢の跡 身捨つるほどの祖国はありや」「荒海や佐渡によこたふ天の河 身捨つるほどの祖国はありや」「むざんやな甲の下のきりぎりす 身捨つるほどの祖国はありや」など。
蕪村からは「葱買うて枯木の中を帰りけり 身捨つるほどの祖国はありや」「春の海ひねもすのたりのたりかな 身捨つるほどの祖国はありや」「鳥羽殿へ五六騎急ぐ野分かな 身捨つるほどの祖国はありや」など。
他の俳人の句にもつけてみると、「焼跡に遺る三和土や手毬つく 身捨つるほどの祖国はありや」「鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな 身捨つるほどの祖国はありや」「狂院の窓ごとにある寒灯 身捨つるほどの祖国はありや」「鰯雲ひとに告ぐべきことならず 身捨つるほどの祖国はありや」「雲がみな西へ行く日を病んでいる 身捨つるほどの祖国はありや」「愛なき日避雷針見て引き返す 身捨つるほどの祖国はありや」などとなる。
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