クレイジーキャッツのヒット曲「だまって俺について来い」は1964年に発売され、何度もカバーされている(作詞は青島幸男、作曲は萩原哲章)。「植木(等)の極めて無責任なリーダーシップが、かえって人の悩みを吹き飛ばしてしまう。『そのうちなんとかなるだろう』というフレーズと、あまり根拠のなさそうな高笑い」(「クレイジーキャッツ/ホンダラ盤」解説)が聴いている側の心を開放的にする。
1番の歌詞は「ぜにのないやつぁ 俺んところへこい」と始まるが「俺もないけど 心配すんな」。そして、青い空や白い雲を一緒に見て、雄大な自然に比べりゃ小さい悩みだと気分を転換させ、「そのうちなんとか な〜るだろう」とチョー楽観的な気分にさせ、確かな見通しがなくても不安を過剰にせず、自信を持って進めと促される。
楽観的な気分にさせられたり、自信を持って進めと促されるのは歌詞にある「ぜにのないやつ」なのだが、同時に歌を聴いている人も巻き込んで、一緒に楽観的な気分にさせる。人生の応援歌というには無責任すぎる歌詞だが、聴く人の元気を喚起する歌になったのは、植木等のハキハキとしてアッケラカンとした明るい歌唱が聴く側の気持ちを楽しくさせるからだ。
ゼニがない不安にとらわれ、どうやって食いつなごうかと気が塞いでいる人が、楽観的になっても状況は変わらないだろう。ゼニがない不安を解消するにはゼニを得ることだ。だが、簡単にはゼニを得ることができないから、ゼニがない不安に押しつぶされて悲観的になる。そこへ「なんとかなる」という根拠のない励ましは時と場合によっては逆効果で、悲観的になっている人を怒らせるかもしれないが、どうにもならない状況を笑い飛ばすことができれば、塞いでいた気分の転換になる。
2番の歌詞は「彼女のないやつぁ 俺んとこへこい」、3番の歌詞は「仕事のないやつぁ 俺んとこへこい」と始まり、水平線やあかね雲など雄大な自然を一緒に見て、「そのうちなんとか な〜るだろう」と続けるが、3番の歌詞では「そのうちなんとか な〜るだろう」の後に、「だまって俺について来い」と付け足して締める。
ぜにも彼女も仕事もない「俺」について行っても、いいことは起こりそうにないだろうが、そんな状況でも「俺についてこい」と言うことが出来る「俺」は頼りがいがある人物に見えなくもない。現代なら、ぜにも彼女も仕事もない「俺」が仲間を集めて金目当ての犯罪に走ったりしそうだが、高度経済成長の1960年代には「なんとかなるだろう」との気分が社会にみなぎっていて、この歌はその反映なのかもしれない。
単純な歌詞と単純な構成の歌だが、この歌には確かにパワーがある。訪問客を集めようと全国でパワースポットが増殖しているそうだが、本当にパワーがあるのかどうかは誰も知らず、信じる人だけがパワーを感じる場所でしかない。だが、この歌は紛れもないパワーソングで、発売から60年を経た今日でも、聴く人の心を明るくさせ、楽しませるパワーを失っていない。
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