2024年11月19日火曜日

怒る神と裁く神

  スペイン東部のバレンシア州などで、8時間の雨量が491mm(年間降水量に匹敵)の地点や、過去最高の雨量を記録した地点が相次ぐなど記録的な豪雨があり、やがて同国では過去最悪レベルの洪水被害を生じ、死者は220人を超えるなど大きな被害をもたらした。対応の遅れで洪水の被害が広がったとして州政府に対する住民の怒りが爆発し、バレンシアでは約13万人の大規模なデモが発生、警官隊との衝突に発展した。

 豪雨や洪水、雷、強風、日照り、地震、噴火など、現在では自然現象であると解明され、発生のメカニズムを多くの人が理解している現象も、古代の人々には、恐れ、おののき、過ぎ去るまで耐えるしかない現象だっただろう。自然現象の強大な「パワー」を見せつけられた人々が、起きている自然現象に意味を求め、自然を支配し、あやつる何らかの存在を想像したのは不思議ではない。

 そうした目に見えない何らかの存在が人格化されて、世界各地で人々が崇める様々な神が誕生したのだろう。陸や海などで豊かな恵みをもたらす神々もあれば、人々の生活を破壊し、死をももたらす神々も人々は想定した。おそらく自然現象や日常生活の出来事の一つ一つを神のなしたものであると見なし、多くの神々と「共生」していると現実世界を理解しただろう。

 キリスト教やイスラム教の影響が弱い社会では、様々な神が存在する。人々は豊かな恵みや安寧をもたらす神に感謝し、自然災害など災いをもたらす神々を恐れ、慈悲を求めて祈る。自然災害などの災いと神を関連させた人々は、なぜ神が人間に災いをもたらすのかと考え、何かの罰だとか試練だ-などと恐れただろう。

 豊かな恵みや安寧をもたらす神は人間の生活を豊かにし、人間を守る神だが、自然災害などの災いをもたらす神は人間の生活を時には破壊する怒れる神だ。キリスト教などでは、全能で唯一の存在の神が人間に「正しく」生きることを求め、最後の審判で人間を裁くという。地獄に落とされる人もあるとされ、神の裁きは厳しいものだが、その裁きが行われるのは未来においてだ。

 自然災害など災いをもたらす怒れる神と、最後の審判で人間を裁く神は同一の存在ではない。怒れる神は人々を守る神と一緒に人間生活に関与する神々だが、最後の審判で人間を裁く神は、現世で起きる自然現象や日常生活の出来事の一つ一つには関与しない存在で、人間に神を信じて「正しく」生きることを求めるだけだ。

 キリスト教やイスラム教が強い影響力を持つ現在、神は全能で唯一の存在との解釈が優勢だが、目に見えない存在なのだから、唯一の神だけが存在しているとも様々の神々が存在しているとも解釈でき、どちらを信じるかは個人の自由だ。人々と「共生」する神々がいて、人間に超越して一方的な信仰を人間に求め、人間を裁く唯一の神もいる。

 スペインの人々は豪雨も洪水も自然現象であると理解し、避難指示などが遅れ、多大な被害を出し、多くの人命が失われたことに怒り、州政府の責任を問い、警官隊とも衝突した。今回の災害と神を結びつけないのは合理的な判断だが、豪雨や洪水に巻き込まれた人々は、おそらく神に祈っただろう。だが唯一の神に祈っても現世において救いはない。

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