2026年3月14日土曜日

戦争は儲かる

  日本は日清戦争・日露戦争・第一次大戦と戦勝を続け、やがて軍部が独裁する軍国日本となって、中国大陸や東南アジア、太平洋へと占領・支配地の拡大を目指して進軍したものの、日本各地が空襲されるようになり、最後には日本軍はボロ負けして解体され、日本国は独立を失い、占領統治された。軍部は、なぜ戦争を欲したのか。

 戦争を始めるためには戦争を正当化する必要があり、開戦や参戦がやむを得なかったとする様々なストーリーを国家は宣伝し、人々の戦意を高揚・維持させる。そうしたストーリーを手がかりにしても、当時の軍部が戦争を欲した真意は分からないだろう。当時の軍部・軍人は賠償金目当てで戦争を行っていたと保阪正康氏は説く(「令和の今、何を昭和史に学ぶか」-『昭和史の核心』所収。適時省略あり)。

 「日本の近代史において、戦争は正しいものだった。日清戦争に勝って、日本は清国から台湾などの領土と3.6億円の賠償金を得た。戦費は2.3億円ぐらいだから、それを全部カバーした上で、その後の軍備増強資金も得ることができた」

 「そうして強化した軍隊で次の日露戦争を戦った。これも勝ちはしたけれども不本意なことに賠償金は取れなかった。国民がそれを知って暴動を起こしている。賠償金が取れなくて国民が暴動を起こすというところに、この戦争に対する真の期待が何にあったのかが透けて見える」

 「第一次世界大戦も含めて、近代日本の10年おきの戦争には、実利主義という背景がある。つまり戦争が政治・外交の延長ではなく、国家の営業品目になっていったのだ。戦争とは軍国日本にとって、賠償金をとって大儲けするためのおいしいビジネスと化したのである」

 「日清戦争の結果、国家予算の1.5倍もの賠償金をとった時から、日本の戦争観は変わった。戦争は儲かると、日本はおよそ10年おきに大戦争をし、日露戦争は儲からなかったが南樺太や南満州鉄道を手に入れ、第一次世界大戦ではわずかな参戦でドイツが権益を持っていた山東省などを手に入れ、ベルサイユ条約で賠償金の分配に預かっている」

 「ポツダム宣言受諾をめぐる会議で、梅津美治郎参謀総長ら軍部代表が外務大臣の東郷茂徳などと次のような要旨の会話をしている。『ポツダム宣言を受諾したら、賠償金はいくら取られるのか』『確かなことは、内地外地の軍事産業は没収もしくは解体と書いてある』『我々が知りたいのは、賠償金の額である』」

 「戦争は国家の政策だから予算がある。開戦から終戦までが一つのプロジェクトであり、終われば収支決算がある。賠償金を取らなければ利益は出ない。賠償金を取るためには勝たなければならない。軍人は、勝つまでやるしかない。軍人は、聖戦継続・一億玉砕を主張したが、その弁解が戦後にも続いていた。国を滅ぼすような大赤字を出したことが、彼らにとっての最大の不名誉だったのである」。

 利益を求める経済活動としての戦争は、勝つことが絶対条件だ。だが、軍事大国ロシアがウクライナ侵攻で4年経っても勝利できないように、戦争で勝ち切ることは簡単ではない。さらに第一次大戦後の巨額の賠償金がドイツを疲弊させ、ナチス台頭を招いたことから、終戦後の敗戦国に対する賠償金請求の過大さに注意が払われるようになった。必ず儲かるビジネスではなくなったが、世界で戦争が絶えることはない。

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