2026年3月18日水曜日

宗教国家

 1945年の敗戦前の日本では、天皇は現人神とされ、その神性を批判・否定する言動は不敬罪などで厳しく弾圧され、当時の国家体制に対する反逆とみなされた。神という概念は、宗教の範疇に属する。神性の存在や神の存在を客観的に証明することはできないから、神性の存在や神の存在を知ることはできず、信じるしかない。

 知ることは理性や知性の働きであり、信じることは感情の働きだ。見えないものの存在は感じるしかなく、また、存在すると教え込まれることでも、見えないものの存在を受け入れるようになる。当時の日本は宗教国家だった。特定の宗教が国政に大きな影響力を持つ宗教国家は現在も世界に多い。そうした国では、国家が「帰依」する宗教に対する批判は厳しく取り締まられる。

 現在でも国教を定めている国は多く、宗教の影響力は大きい。イスラム教では政教一致が基本で、イスラム教の教理に反する言動が許されない国は珍しくなく、トルコでは雑誌がムハンマドの風刺画を掲載したとしてイスタンブールの主任検察官が編集者らの逮捕を命じ、群衆と警察との激しい衝突に発展したことがあり、フランスでは2015年に風刺新聞「シャルリー・エブド」編集部をイスラム過激派が襲い、12人を殺害した。

 宗教が絡むと妥協の余地が狭まったり、なくなったりする。現代ではイスラム過激派による暴力が目立つが、宗教が関わる殺し合いは世界の歴史に数多く記録されている。キリスト教でも内部の「異端」に対する暴力を伴う迫害や、十字軍や宗教戦争など大規模な暴力を行使してきた過去がある。人口の約73%がユダヤ人でユダヤ教徒が約74%というイスラエルは宗教国家色が濃く、異教徒への過剰な暴力が正当化されている。

 宗教国家に対して政教分離の国家がある。政教分離が国家の制度として定着したのは近代だが、欧州ではカトリック教会の専制に対する人々の不満は古くから根強く存在した。それがフランスでは革命へとつながり、揺り戻しはあったものの、やがて20世紀に政教分離法が制定された。政教分離は宗教勢力が政治に関与することを禁止するが、宗教によって権力に権威を与えることは政教分離を定めた諸国でも続いている。

 政治権力と特定の宗教が結びついた国家の恐ろしさは、批判者や異端など体制に従わない人々に対する容赦ない弾圧が堂々と行われることだ。キリスト教の影響力が圧倒的だった西洋で人々は、政治権力のあり方を問い、教会の意向ではなく民意を反映した政治が行われることを実現させた。だが、現在のイスラム教国などに同様の政教分離を求めることは簡単ではない。

 欧米では宗教の形骸化が指摘され、政教分離の諸国では宗教離れが進行しているという。権力から切り離された宗教の影響力が徐々に低下するのは、宗教自体の人々を魅了する力が弱まっているからだ。だから宗教は権力と結びつく。政治権力と結びつくことが宗教の存続を保障するのだから、宗教の側から政治権力と分離するはずがない。

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