2026年4月11日土曜日

カタカナ表記の氾濫

  カタカナ表記の氾濫を問題視する指摘は以前から多かったが、カタカナ表記は一向に減らず、官庁発のカタカナ施策なども増えている。インターネットで世界が結ばれ、新しい概念や知識の流入が飛躍的に増えたこともあるのだろうが、それらを日本語に翻訳する努力は放棄された様相だ。中には辞書に訳語が掲載されているのにカタカナ表記のまま使っていたりする。

 新しいカタカナ表記の大半は英語由来と見られるが、英単語の意味とのズレがあったり、日本独自の使用法であったりして英語話者を戸惑わせる例は珍しくない。新しい概念や知識を英語のままで理解することができるのは人口の少数であろう。理解したことを日本語で表現する作業が翻訳だが、翻訳する能力が社会的に乏しくなったようだ。

 古代以来、日本は新しい概念や知識などを中国から取り入れてきた。独自の文字を持たなかったため、中国語のまま取り入れ、やがて日本語の音に漢字(中国語)を当てはめた万葉仮名で表記するようになり、さらに平仮名や片仮名を考案した。独自の文字を持ったのだが、中国語を捨てることはせず、漢字(中国語)と平仮名、片仮名の混ぜ書きで文章を書くようになり、それが現在まで続いている。

 英語などから取り入れた単語のカタカナ表記が増えているのは、外来の新しい概念や知識などの日本人の受容形態としては伝統的だ。かつては中国から新しい概念や知識などを中国語のまま漢字として日本語の文章に取り入れ、現在は米国などから新しい概念や知識などをカタカナ表記で日本語の文章の中に取り入れる。大きな違いは、中国語をそのまま漢字として使ったが、英語などはカタカナ表記にしていることだ。

 カタカナ表記には、書き手や話し手の解釈が優先して、言葉の定義が曖昧だったり歪んだりする可能性がある。意味内容や定義が曖昧なカタカナ表記の言葉が混じると、意思疎通に限界が生じる。カタカナ表記よりもアルファベットのままのほうが本来の意味を正確に伝え、誤解が少ないとの指摘がある。新聞や雑誌など印刷物の作成は電子化が進み、文章中にアルファベットを組み込むことは簡単になった。

 日本語の文章表記は電子化のため横書きが多くなったが、新聞や雑誌ではまだ大半が縦書きだ。横書きならアルファベットで単語を文章に組み込むことは簡単だが、縦書きではアルファベットの組み込みは制約される(1文字ずつ縦にばらしたり、英単語の部分だけが横向きになったりする)。新聞や雑誌が横書きに移行したなら、カタカナ表記よりもアルファベットが増えるかもしれないが、新聞や雑誌は自らの「改革」に消極的なので、横書きへの移行がいつになるのか不透明だ。

 カタカナ表記の氾濫の問題は、知らないカタカナ表記を聞かされたり読まされたりした人の多くは、そのままに捨ておくだろうことだ。新しい概念や知識を理解する必要があって学んだ人はカタカナ表記であっても正確に理解するだろうが、一般の人の多くは理解しようとせず、聞き流すか読み流す。カタカナ表記の氾濫は、人々の意思疎通を阻害し、日本語の表現を弱体化する。

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