100年前の1919年1月に、第1次大戦の講和条約などを話し合うパリ講和会議が始まった一方、独ベルリンで武装労働者20万人が蜂起し、各地に拡大した(ローザ・ルクセンブルクらが虐殺された)。ハンガリー全土での工場占拠運動やブエノスアイレスの冶金工場争議など各国で労働者が立ち上がった。
2月にはエジプト全土で反英デモ、3月にインド全国で反英スト・デモ(4月にインド全土でガンディー呼び掛けの非暴力的抵抗が始まり、反英集会に英軍が発砲して死傷者1600人)や朝鮮各地でデモが発生するなど、植民地で抵抗運動が活発化した。
世界的に労働者の権利要求が盛んになり、スペインやフランスで8時間労働が法制化され、その後も労働者はフランス、カナダ、イタリアなどでゼネストを行うなど活発に活動した。一方、ヒトラーが2月にミュンヘンで独労働者党の25カ条綱領を発表した。
日本でも労働者は各地で待遇改善を要求するストを行い、上野公園で日本初のメーデー集会が開催され、普通選挙を要求する運動も活発になった。一方で株価や商品相場が暴落し、銀行に取り付けや休業・合併が相次いで日銀が非常貸し出しを行うなど「戦後恐慌」が始まった。
この年、第1回の国勢調査が行われ、人口は内地5596万人、外地2102万人だった(東京369万人、大阪市258万人)。食料対策で原首相は「愛国者は麦を食え」と発言し、「普選案は階級制度の打破を目指し、現在の社会制度に脅威を与えようとするもの」と演説して普選法案上程日に衆院を解散した。
阪急梅田駅に白木屋梅田出張所が開店したが、これが初のターミナルデパート。日本初のダンスホール(花月園舞踏場)も開場し、電話の需要が急増、私立大学の設立が認可され、東京帝大で女子聴講生が許可されたのも、この年。童謡のレコードが売れ、「安来節」「八木節」もはやった。
米国ではロシア革命の恐怖から赤狩りが始まり、70都市で1万人が逮捕されたが、シベリアからは撤兵した。米上院は国際連盟への加盟やベルサイユ条約の批准を否決し、米加州が排日土地法を施行した。禁酒法が施行され、ラジオ放送がレギュラー番組で営業放送を開始し、南部でKKKが勢力を伸ばしたのも、この年。
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