元日の朝日新聞の企画記事「エイジング・ニッポン」の見出しは「変わらないことがリスクだ」。本文では「終身雇用の昭和型人生から抜け出す(中略)。そんな生き方は珍しくなくなった」と、起業や転職で自分の人生を切り開く人たちを紹介した。
記事では「新たな生き方を模索する人たちに共通しているのは、一つの組織に頼り切らず、変化し続ける姿勢だ」と、電通や経産省を飛び出したり、自力で新しい職場を作った女性たちのチャレンジを肯定的に描いた。共感できる内容ではあったものの、読んでいて「で、新聞社は変わることができるのか」との疑問が離れなかった。
多くの企業の様々な「変われない」有り様を新聞社は報じ、批判するが、長時間労働や少ない女性役員など新聞社も同様の問題を抱えている。終身雇用から人材の流動性が高く転職者が多数の雇用形態に新聞社が変わったとも聞かないから、変われない企業には新聞社も含まれているだろう。
「技術革新についていけない国や企業でキャリアを積むのは無駄でしょう。人材が循環する社会の方が旧来の日本型システムより強い」「会社の動きに合わせて疲れ切る人」「東京一極集中や単線の仕事人生に象徴される昭和のシステム」……こうした言葉は新聞社や記者たちにも当てはまらないのか?
「働きやすく、生きやすい社会を作る取り組み」を新聞社や記者が実践し、自ら示すことができれば、紙面に載った数々の言葉はもっと説得力を持つだろう。企業における「変わることができた」労働モデルを社会に示すことができるのか新聞社も試される。
購読部数の減少が続き、取材したニュースを紙に印刷して全国の家庭に配達するというビジネスモデルは先細りだ。新聞社は、変わらなければならない企業だが、先んじて変わっているようには見えず、どう変わるのかのメッセージは伝わってこない。
速報性を重視するなら新聞社はデジタルメディアに移行すべきだが、その場合は編集と営業などだけで運営できるので、印刷や配送、全国の販売網は不要になる。大胆な組織の簡素化が不可欠だが、デジタルメディア移行後の収益モデルがぼやけている。
紙の新聞を続け、解説や分析、評論などを重視するなら、記者には取材経験より専門知識や見識が求められる。各分野の専門家や学者と張り合える、例えば博士号を持った専門記者を増やすとともに、夜討ち朝駆けなどは通信社に任す。しかし、読み応えのある解説や分析、評論が増えているのか、紙面から感じることはできない。
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