2019年5月4日土曜日

戦争はあった

 この30年は「国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代」だったと平成天皇は回顧し、85歳の誕生日を迎えた時にも「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と述べたという。

 昭和天皇の時代は前半3分の1が戦争の時代でもあり、昭和天皇には戦争と関連づけるイメージがつきまとった。昭和天皇の戦争責任については議論が分かれるが、戦争に向かうことに対して天皇が強く抵抗しなかったことは確かなようだ。

 前憲法では天皇に絶対権力が与えられていたが、実際には個人独裁の政治ではなかった。「国民の平和を希求する強い意志に支えられ」という言葉を勘ぐると、過去の「国民の戦争を希求する強い意志」に押されて戦争に突入した時代の再現に対する恐れが平成天皇にあったのかもしれない。もちろん個人として、戦争を経験する御代にしてはならないとの意識は強くあっただろうが。

 「近現代において初めて戦争を経験せぬ時代」とは日本と日本人を対象にした感想だ。この30年に世界では各地で戦争や武力紛争があり、多くの人々が死傷し、多くの人々が難民となった。現在も武力紛争は世界各地で続いている。この言葉は1国平和主義の典型のように見えるが、天皇が日本と日本人のことだけを考えるのは当然か。

 日本や日本人が戦争に巻きこまれなかったことは評価すべきだろう。だが、1国平和主義に閉じこもって、世界各地で続いている武力紛争に対する関心が薄れるなら、そんな1国平和主義は孤立主義でもある。もちろん日本が国際情勢に積極的に関与し、結果として戦争に巻き込まれるよりは1国平和主義のほうがマシだろうが。

 世界の全ての国が1国平和主義に専念するなら、結果として世界から戦争や武力紛争はなくなるはずだ。だが、ISのような非国家の強力な武装勢力が活動する現在の世界で、各国が1国平和主義に閉じこもると、それらの武装勢力が弱体な国家を侵食することを許す。国家単位で戦争や平和を考えていればいい時代ではなくなっている。

 日本における1国平和主義は弱体な外交と一体だった。武力は使わないが、言葉を使って日本が世界で起きる戦争や武力紛争の解決に積極的に関与していたなら、日本の1国平和主義は各国から賞賛されていたかもしれない。この30年、日本と日本人は戦争を経験しなかったが、世界で起きる戦争や武力紛争を鎮め、解決することに積極的ではなかった。

0 件のコメント:

コメントを投稿