ヘルシー(健康的)だとのイメージもあってか和食レストランが各国で増え、約18.7万店(2023年)と2021年の約15.9万店から約2割増加した(農水省)。地域別ではアジアが約12.2万店、北米が約2.8万店、欧州が約1.6万店、中南米が約1.3万店などとなる。アジアや欧州、中南米で店舗数は増えたが、北米では減少した。
世界の和食レストラン数は2006年には約2.4万店だったので、17年間で約8倍になった。アジアや欧州では、日本食人気の高まりに加えチェーン展開する企業の進出等があり、北米ではコロナ禍の影響等があったと農水省。一方、訪日外国人数が増加しているが、様々な日本食を「本場」で食べることを目的にする人もいて、街中を食べ歩きする様子がTV番組などで伝えられる。
外国人にも人気がある和食は寿司や天ぷら、すき焼き、ラーメン、ステーキ・焼肉、うなぎなどが中心だったが、味噌汁や枝豆、焼き餃子、焼き鳥、うどん、カツ丼、牛丼、カレーライスなど多くのメニューにも人気が広がってきた。世界の和食レストランで多くの和食メニューを提供するようになり、訪日経験がなくても様々な和食体験が可能になったことが影響しているようだ。
和食に多彩なメニューが増えたのは明治時代以降のことだ。江戸時代には、武士は一汁三菜(飯と味噌汁に、おかずは漬物、煮物、豆腐、魚など3品)で、庶民は一汁一菜(飯と味噌汁に、おかずは漬物など)だったとされる。一方、外食文化が始まったのも江戸時代とされ、蕎麦、寿司、天ぷらなどが屋台で売られ、料理屋や高級料亭も誕生したという。
外国人に人気の和食メニューの多くは明治時代以降に日本で定着したものが多い。例えば、すき焼きは牛鍋から発展したもので、西洋料理の普及拡大の先駆者的存在だ。和食の代表格のイメージがあるが、明治時代に定着したメニューだ。天ぷらは安土・桃山時代にポルトガル人が長崎に伝えたとされるが、江戸時代に普及し、明治時代に専門店などが登場したとされる。
ラーメンは明治時代に横浜中華街で提供されたのが最初とされ、1945年の敗戦後に中国からの引き揚げ者が屋台で提供したのが広まった(中国にも麺料理があるが、
ラーメンに相当する麺料理はない)。焼き餃子も敗戦後に中国からの引き揚げ者が広めたとされる日本流の料理だ(中国では焼き餃子ではなく水餃子)。
トンカツは欧州のカツレツ(コートレット、シュニッツェル)をもとに日本で天ぷらの調理法を活用して誕生した料理で、カレーライスは旧日本海軍が英国海軍を手本に、英国領だったインドのスパイスをシチューに加えた英国式カレーをメニューに加え、それが広まった。やがてカレーうどんなどカレー味のメニューが増殖している。
カキフライやエビフライも明治時代に誕生したとされ、明治時代に入ってきたオムレツで飯を包んだオムライスが誕生したのは大正時代。コロッケのルーツはフランス料理のクロケットとされる。敗戦後には米国の余剰小麦の消費地に日本が仕立てられ、パン食やパスタや菓子類、ハンバーガーなど小麦粉を使った料理が広まり、パン食普及などで和食の世界は大きく変貌した。
和食は明治時代以降、様々な外国料理の影響を受けたり、外国料理を取り入れて日本化させてきた。和食人気が世界で広がっているのは、和食が中華や西洋料理を取り入れた多国籍料理でもあり、無国籍料理でもあるので食のグローバル化の先頭に立つ料理だからだろう。
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