20XX年、米国は日本の最大の非関税障壁は「日本語の壁だ」と批判し始めた。英語を準公用語に制定し、米国から輸出された製品の仕様書や使用説明書などは英語表記のままでも認めるように要求した。日本政府は当惑したが、その外交は米国の真意を探ることに終始し、どこまで譲歩するかの条件闘争だった。
高率の関税を各国に次々と課して、ディールに引き込み、高飛車な交渉姿勢で次々と各国に要求を飲ませた2025年の第二次トランプ政権の成功体験により、トランプ政権後の米国政府の外交姿勢は、一方的に各国に要求を突きつけ、従わない国には制裁を課したり、さらには関税を引き上げたりするようになった。米国による安全保障の維持も交渉材料にするようになった米国は、各国に強気で臨んだ。
米国製自動車の販売数が少なく、コメの700%関税など米国が障壁だと指摘した事項について日本政府は、米国には事実誤認や誤解があると国内向けには説明し、外交交渉で丁寧に説明して理解を求めるとの姿勢だったが、客観的な事実よりも主張を通すことに重きを置く米国は取り合わず、日本は譲歩に次ぐ譲歩を余儀なくされた過去があった。
英語を準公用語にしろとの米国の要求に、日本国内では反発の声が湧き起こった。民族意識が刺激されたようで、日本語の維持は日本民族を意識するためには欠かせない重要な問題だとの主張が方々から現れ、日本語という「日本民族の精神形成に重要な役割を果たした言語を守れ」という機運が盛り上がった。
一方で、表立って強くは言わないが、米国の要求を歓迎する経済人や評論家などもいた。英語が実質的に世界の共通言語になっているのだから、米国の要求を機会に日本国内での英語使用をもっと増やし、テレビ番組には必ず英語の字幕をつけ、英語に堪能な日本人を増やすことが日本の国際競争力の強化につながっていくとの考えだった。
米国の要求を機会に、「われわれ日本人は日本語を本当に大切にしてきたのか」という視点からの批判も出てきた。テレビや雑誌、各種広告など日常空間ではすでに英語を主としたカタカナ語やアルファベットの横文字が氾濫していて、中央官庁の行政文書にもカタカナ語が増殖し、小洒落た飲食店や商店の店名は横文字ばかりという状況になっているのだから、日本人自身が日本語を粗末に扱いすぎていたという批判だ。
英語を日本の準公用語にしろという米国には、中央省庁から地方自治体まで日本の全ての公的文書に英語版も制作させ、米国側で翻訳する手間を省き、政府間交渉も企業間交渉も全て英語で行うことを半ば義務化する狙いがあった。第二次トランプ政権の強硬な外交姿勢を引き継ぐ米国政府に振り回されっ放しの日本政府に妙案は浮かばず、国内の反対論をどう鎮めるかということに閣議の論点は移っていった。
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