陰謀論は、解釈が先にあり、その解釈を補強して正当化する事実だけを散りばめ、推論を発展させて特異な世界観を構築する。その世界観に惹かれた人々が集まってきて、やがてカルト集団を形成したりする。特定の解釈に支えられた世界観から抜け出すには、自分の考えていることは100%正しいわけではないという自覚が必要だ。だが、そうした自覚を持つ人はそもそも陰謀論にはまらないだろう。
アニメやハリウッド映画などでは、様々の「見えない」敵が登場する。人類を破滅させようとする宇宙人や地球人に化けた宇宙人などのほか、世界支配を企む組織や人々、大金を得るために手段を選ばない組織や人々なども「見えにくい」敵として登場する。この「見えない」「見えにくい」敵が現実世界にも存在すると主張することは陰謀論でもよく行われている。
自然現象を何らかの意味に解釈したり、ひらめいたことを事実に違いないと思い込むことは誰にでもある。そうした解釈や思い込みが、客観的な事実を認識することや他者からの異論などによって補正されずに蓄積され続け、独自の世界観を構築するようになったら、陰謀論への道が開かれる。独自の世界観にはまると、その世界観に合致する情報に強く反応するようになる。
陰謀論による世界観を共有する人々は、何らかの妄想を共有している状態だ。妄想にとらわれた人々は、自分が妄想にとらわれていることを認めず、妄想だと指摘されると時には激しく反発する。現実世界を客観的に認識することよりも、側からは妄想と言われる独自の世界観に固執し、そうした世界観が正しいと主張する。
新興宗教も独自の世界観を主張し、同調する人々を信者とする。新興宗教の多くは社会的に容認された既存の宗教の教義や聖典の部分的ツギハギに教祖の主観をまぶしたものであったりするのだが、信者は気が付かず、新しい何かが与えられたかのように新興宗教にのめり込んだりする。そこには、信じることが自己実現につながるという確信や思い込みが支えとなる。
世界の三大宗教とされる宗教も独自の世界観を主張する。唯一の神が存在するとか、悟りを開くことで輪廻から脱することができるなどの主張は、その世界観に同調する人々に受け入れられるだけだ。「見えない」神や仏が存在するという主張は、同調する人々によって受け入れられ、勢力を拡大した。だが、信者数が巨大なことと、その教義が真実であるかどうかは関連しない。
陰謀論も宗教も、独自の世界観を構築する。共通するのは人々の「信じる」という行為に支えられていることだ(三大宗教にはそれぞれ膨大な人々の思索の蓄積があるが)。最初に何らかの教義や解釈を信じ、それから「考える」ことで、それぞれの世界観を自己のものとしていく。与えられた特定の世界観に人々が同化することで陰謀論も宗教も支えられる。
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