米大リーグのドジャースがワールドシリーズを連覇したあと、日本では一般紙やスポーツ紙が号外を発行した。所属する大谷翔平選手と山本由伸投手、佐々木朗希投手の活躍もあって日本でも関心が高く、ドジャースを応援していた人も多かっただろうから、号外を発行して人々に一刻も早く知らせるべきだと新聞社は判断したようだ。
一般紙の多くは朝刊と夕刊を発行し、スポーツ紙の多くは朝刊のみだ。特別に一刻も早く人々に知らせるべき大きな出来事が起きた場合に号外が発行される。だが、米大リーグのワールドシリーズの結果は一般紙にとって、特別に一刻も早く日本の人々に知らせるべき出来事なのだろうか。人々の関心が高かったとはいえ、多くの人にとっては、帰宅して夜のニュースで結果を知ればいい程度のニュースだろう。
米大リーグのワールドシリーズに強い関心を持つ人はスマホで試合経過をチェックしていただろうから、号外を見ずとも試合結果を知っていた。今回の一般紙の号外発行は、大リーグにさほどの関心を持たないが、ニュースで伝えられる大谷選手らの活躍を喜ぶ程度のファンの人々に向けて、新聞社の存在を周知する活動だったのかも知れない。
大リーグでの日本人選手の活躍は細かくニュースとして伝えられ、イチローが現役のころは、1本のヒットを打ったことがテレビなどで熱心に報じられた。おそらく米国で活躍する日本人を喜び、誇りに感じて歓迎する雰囲気が日本社会に充満しているから、大リーグでプレーする日本人選手の活躍をテレビや新聞は細かく伝える。そこには、米国で認められることを特別視する感覚がある。
号外発行が示すのは、新聞社のニュースバリュー(価値)判断の現在地だ。ワールドシリーズの結果速報が本当に号外発行に値すると判断したのではないだろう。今回の号外発行は、社会的に重大な出来事を人々に知らせるためというよりも、「皆さんが関心を持つニュースを新聞は逃さず、報道していますよ」とのアピールだった。号外を手に取らせ、新聞という存在を人々に意識させるための行動だ。
内外のニュースが大量に常時流れ続け、それを人々がキャッチしているネット時代に、号外の役目は終わった。新聞社は自社サイトでニュースを常時配信しているのだから、印刷物としての号外を発行する意味は薄れた。それでも号外を発行するのは、号外の性質が変化し、ニュース速報のためではなく、新聞という媒体を宣伝するための宣材として効果があると判断したからだ。
マスメディアは読者・視聴者に媚びるものだと喝破した人がいた。新聞離れが指摘されて久しく、新聞を読む体験が乏しい人が増えているともいわれる。ニュースを知るにはスマホがあればいいという人々に、号外は新聞の存在感を示す。号外を人々が争って受け取るには、人々が関心を持つニュースで号外を作ればいいと新聞社は、ドジャースの連覇を利用して号外を発行した。ニュースバリューが商業主義によって歪められるのは珍しいことではない。
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