歌舞伎の「三人吉三巴白浪」で、お嬢吉三の「月も朧に白魚の〜」で始まる名セリフの途中、「〜思いがけなく手に入る百両」の後に、舞台裏から「御(おん)厄 払いましょう 厄払い」との門付けの声が聞こえ、ちと思い入れあって、お嬢吉三は「ほんに今夜は節分か〜」と続ける。
厄払いの門付けは節分のほか、年の暮れに厄を払うために訪れると研究者。草葉達也氏によると「大阪では昭和の初めごろまでは厄払いという商売があった。年末の年越しの時に門付けが戸口に立って、なにがしかの物を受け取る形式の祝い芸」で、「あぁ~ら、めでたや、めでたやな。鶴は千年、亀は万年、浦島太郎は三千歳、東方朔は九千歳、三浦の大介百六つ。かかる、めでたき折からに、いかなる悪魔が来よぉとも、この厄払いが引っつかみ、西の海へさらり、厄払いまひょ」などと、めでたい言葉を並べた唄を唄った。来られた家のほうは嫌がらず、歓迎して心づけを渡したという。
厄とは「災い・災難、苦しみ」だ(厄は厄年の意でも使われる)。「災い・災難、苦しみ」はそれぞれ一過性のこともあれば、長引いたり度重なることもある。一過性の「災い・災難、苦しみ」は、それをもたらした原因が消え去るにつれて解消されよう。だが、長引いたり度重なる「災い・災難、苦しみ」があり、塞いだ気分が続くような時に、けがれや悪運に取り憑かれていると考え、その状態を厄と説明した。
めでたい言葉を並べた唄を聞くと厄払いできると人々が思ったのは、厄が当人の気持ちに左右される事柄だと感じていたからだろう。長引いたり度重なる「災い・災難、苦しみ」に直面した人は精神的に圧迫され、不安が増したり悲観的になったりし、そうした不安や悲観的な心情が尾を引くことは珍しくない。そうした気持ちを切り替えるキッカケの一つが厄払い・厄落としだった。
「災い・災難、苦しみ」は当人の気持ちとは無関係に起きる。昔の人々は「災い・災難、苦しみ」が属人的な事象ととらえ、厄を考えだした。厄が存在するから厄払い・厄落としも存在できる。厄がないと考えるなら厄払い・厄落としは迷信の一つでしかないが、厄があるとして厄払い・厄落としで気持ちを切り替えることができたなら、憂鬱な毎日に区切りをつける便利な方便だ。
厄に遭うとされるのが厄年だ。陰陽道に基づく迷信だが、現在も広く信仰(?)されている。厄年は人生の段階の一つとして受容される一方、厄除けを「客寄せ」に掲げる社寺は多く、厄年の周知に励み、お祓いをすることで厄を操作できるとし、厄年を過剰に意識する人々を呼び寄せる。厄は「あると思えば、ある。ないと思えば、ない」ものなのだろうが、気が弱くなっていると厄の存在を意識するのかな。
※厄落とし・厄払いは「①厄年にあたる人が厄難を逃れるための、まじない。社寺に参詣したり、神仏に祈ったりして災いを取り除いてもらう。招宴を張ったり、金や餅を巻くなどの風習がある、②門付け。節分や大晦日の夜、市中を回り、戸毎に厄払いの祝言などを唱えて銭をもらうもの。③つらねの一種。世話狂言で用いられる美文調で掛詞の多い、節よく言い回す台詞」(大辞林)。
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