2025年11月19日水曜日

事実と編集

 英BBCは24年10月に放送したドキュメンタリー番組「パノラマ」で編集上のミスがあったと認め、11月13日、米トランプ大統領への謝罪を表明した。トランプ氏側は14日までにBBCが番組内容を撤回し、謝罪しない限り、10億ドルの損害賠償を要求すると警告していた。ただBBCは、名誉毀損に該当するとのトランプ氏側の主張は否定し、賠償要求は拒否する姿勢だ。

 番組は21年1月6日の米連邦議会襲撃事件を扱ったものだ。トランプ氏が演説で「我々は議事堂まで歩いて行く。私も共に行く。そして我々は戦う。死ぬ気で戦う」と発言したように編集されていたが、実際には「我々は議事堂まで歩いて行き、勇敢な上下両院の議員たちを応援する」との発言から54分後に、「死ぬ気で戦う」と発言していた。

 「我々は戦う」に続けて「死ぬ気で戦う」と述べたのではなかったのだから、何らかの意図をもって2つの発言をBBCはつないだ。編集上のミスではなく、トランプ氏の意図は米連邦議会の襲撃だと解釈して視聴者にわかりやすく編集したのだろう。この編集が不正確だとトランプ氏側が主張するのは、米連邦議会襲撃にトランプ氏は一切責任がないとするからだ。

 トランプ氏の演説が支持者らを煽ったことは確かだろう。トランプ氏の演説が終わった後、支持者らは米連邦議会に向けて動き始めて襲撃に至ったのだから、状況証拠的にはトランプ氏が煽動したことは明らかだ。だが、トランプ氏の演説により支持者らが暴徒化して米連邦議会を襲撃したと断定するのは簡単ではなく、トランプ氏が法的責任を免れている状況では、トランプ氏の責任追及には限界がある。

 BBCは、「パノラマ(Panorama)」は長い歴史を誇る看板ドキュメンタリーシリーズで、世界各地の知られざる事象に鋭く切り込むスタイルで制作される-とする。ドキュメンタリーとは「実際にあった事件や実在する人物などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された作品」だから、事実を歪める編集は許されない。とはいえ、ドキュメンタリーの製作者は何かのテーマに対する問題意識を持って、事実を組み合わせて作品を構成するのであるから、作品には製作者の主観がにじむ。

 ドキュメンタリー番組で、当事者の発言を編集して再構築することは珍しくない手法だ。番組のテーマに合わせて編集して再構築するのは製作者であり、そこではテーマを浮かび上がらせることが優先される。事実を歪めたり隠蔽することは論外だが、どういう事実を使い、どういう事実を使わないかは製作者の判断次第だ。トランプ氏の長い演説なら、切り取り方次第でトランプ氏の人間像を様々に描き出すことができよう。

 SNSのコメントには事実を伝えるものと解釈・意見を伝えるものがあり、おそらく解釈・意見を伝えるコメントが圧倒的に多い。事実を伝える情報と解釈・意見を伝える情報を混同すると、歪んだ現状認識にとらわれる。これはテレビや新聞などマスメディアの伝える情報でも同様で、事実を伝えるというニュースや記事にも編集サイドの解釈が紛れ込んでいることがある。BBCのドキュメンタリー番組で描かれた人物像は、事実か製作者の解釈か。

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