2026年1月14日水曜日

外国崇拝の精神

 どこの国にも外国の文化に興味を持つ人々はいる。興味の対象となる外国は個人により様々で、熱中度合いも様々だ。中には興味を持った外国に憧れるようになる人もいて、積極的に外国の文化を生活に取り入れる人もいる。さらに、外国の文化とそれを育んだ精神などを崇拝し、同化しようと努める人もいる。

 現在の日本で外国崇拝といえば対象は西洋だが、かつては中国だった。論語や漢詩など中国語をそのまま読み下し、その精神や主張や情緒を理解しようとしたり、水墨画を愛でたりしていた。新しい文化や思想などを日本は中国経由で受容していたが、19世紀以降、新しい文化や思想などを日本は西洋から直接取り入れるようになり、それとともに憧れる対象も西洋に変わった。

 外国崇拝は外国を理想化することになりやすいが、そこには自前の普遍的な価値観を構築・共有することができなかった日本の事情があると加藤周一氏は説く(「日本人の外国観」、1963年=『加藤周一セレクション⑤』平凡社ライブラリー所収。適時省略あり)。

 「日本人の外国観には昔から二つの型が目立つ。第一は、日本の遅れを強調して、特定の外国を理想化する態度であり、第二は、外国の遅れを強調して、日本を理想化する態度である。第一の態度は『一辺倒』の型であり、第二の態度は『国家主義』の型である。『一辺倒』は日本の歴史上、今に始まったことではない」

 中世の儒家の大部分は「中国を理想化し、日本の遅れを強調した。中国という歴史的・具体的・特殊な文化または国家を超歴史的・抽象的・普遍的な価値と同一視する傾向があった。もし彼らが普遍的な価値の立場をとっていたとすれば、現実の中国に対しても現実の日本に対してと同様、批判を加えていたであろう」

 「しかし大部分の儒者において、中国を批判する普遍的な価値の基準はなく、中国と価値は混同され、同一視されていた。これが中国『一辺倒』の基本的な構造である。『一辺倒』とは、外国の理想化ではなく、外国と理想の同一化である。広くいえば、歴史的で特殊な対象と普遍的な価値の同一化という現象である。特殊なものと普遍的なものとの同一化は、状況や心理を超える世界観の基本的な構造の問題である」

 かつては中国、現在では西洋に対して「外国と理想の同一化」が起きる日本。諸外国との交流が歴史的に少なく、現実の中国や西洋を知る人が少なかった歴史がある日本だから、新しい文化や思想などの受容先の外国を理想化する傾向が定着したのかもしれない。

 西洋崇拝の裏返しとして現在、西洋から日本の何かが高く評価されると過剰に喜び、評価が低いと残念がる。これは判断の基準が外国の価値観であった歴史と関係するだろう。外国崇拝は自国を評価するときに外国の価値観を尺度にすることになるが、その反動として日本の独自性を過剰に誇ったりする。グローバル化が進む中で日本と日本人は世界の中での立ち位置を模索し続けている。 

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