スペインの植民地だったラテン・アメリカにおいて各地の独立運動に加わり、指揮したシモン・ボリバル(1783〜1830)は「南アメリカ解放の父」と言われる。まずベネズエラの独立運動に参加し、ベネズエラは1811年に独立宣言を行った(翌年の大地震後にスペイン軍が政府を崩壊させ、ボリバルはカルタヘナなどを経てジャマイカに移った)。
再起したボリバルは1816年から南米各地を転戦し、1819年にスペイン軍を撃破して、大コロンビア共和国の独立を宣言、大統領に就任した(大コロンビア共和国は現在のベネズエラ・コロンビア・エクアドルを含む)。その後、ボリバルはペルーやボリビアの独立運動にも参戦し、独立を助けた。
武力で植民地支配を拡大することが容認されていた帝国主義の時代にあって、再びスペインなどの侵攻があると危惧したボリバルは、独立したラテン・アメリカ諸国が集団安全保障体制を構築して防衛体制を固めることを目指して1826年、各国が参加するパナマ会議を招集、会議で合意はなされたが、大コロンビア共和国以外の国では条約が批准されなかった。
以前から存在した地域的な対立が強まって大コロンビア共和国は1830年にコロンビア、ベネズエラ、エクアドルの3国に分裂し、同12月にボリバルは死去した。ベネズエラは共和国として独立したものの、歴代の大統領による専制政治が行われた時代が多く、反乱も度重なり、不安定な状態が続いたが、欧州諸国の資本による開発が進められた。20世紀に入ると内戦の後にゴメスによる独裁統治が続いた。
世界最大級の油田が発見されたのはゴメス時代。外資による油田開発が進み、貧しい農業国から世界有数の石油輸出国へとベネズエラは変わり、国内では産業化と近代化が進み、富裕層や中産階層が形成されたが、体制変革を求める動きも活発化した。軍部独裁とクーデターの後、民主制に復帰したのは1958年で、二大政党による民主的な政治体制が継続し、選挙によって大統領を選出することが定着した。
低所得者層の高い支持を得てチャベス大統領が就任したのは1999年。チャベス大統領は「21世紀の社会主義」建設を標榜し、低所得層支援の推進、ベネズエラ石油公社(PDVSA)の掌握を通じた経済活動の国家管理などを行い、体制を強化した(外務省HP)。後継のマドゥロ政権が発足したのは2013年だが、治安や経済情勢の悪化が進み、国民の不満が高まり、2015年12月に行われた国会議員選挙では、野党が3分の2の議席を獲得し国会の多数を占めた(同)。マドゥロ政権の時代に、原油価格の暴落とともに高インフレによる生活苦や過酷な独裁統治などから約800万人が難民として国外に逃れた(2024年の人口は2646万人)。
ベネズエラの人々はスペインによる植民地支配に抵抗し、専制統治や軍部独裁などに抵抗して民主的な共和国を形成した。だが、チャベス・マドゥロ時代は、原油価格低迷により経済は低迷、深刻な格差・貧困問題や治安の悪化が続き、ベネズエラの国としての「輝き」は失われていた。ロシア・中国・米国と強大国が帝国主義的な行動を辞さなくなった現在、ベネズエラは新たな植民地になるのか、それとも新たな共和国を目指して人々が動くのか。
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