ドイツが国際連盟に加盟したことで、前年末に成立した英仏独伊など7カ国によるロカルノ条約が発効し、1926年の欧州では集団安全保障体制が実現、相対的な安定期となった。ドイツは国際社会に復帰したが、巨額の賠償金支払いを続けており、国民の不満は鬱積していた。ロカルノ条約から外されたソ連は反発し、敵対的な集団安保体制だと見なした。
だが、ギリシャでパンガロスが独裁を始め、イタリアはファシスト系以外の労働活動を非合法化したりファシスト党以外の政党を解散させ、ポーランドやポルトガルで軍事クーデターが起き、ドイツではナチスが再結成後の初の大会を開催した1926年、マケドニアがユーゴに侵入、スペインは国際連盟を脱退し、リトアニアでクーデターが起きるなど欧州には不穏な気配も漂っていた。植民地だった自治領と本国を対等とする英連邦が成立したのもこの年。
中国では、3月に北京で軍閥政府反対の国民大会が開催され(軍発砲で死者50人超)、蒋介石が戒厳令を公布して広州を封鎖した。7月に広東国民政府の国民革命軍は北伐を開始、長沙や漢陽を占領し、武漢や南昌を攻略した。国民革命軍には共産党員も参加し、ソ連の軍事顧問団も加わり、都市では労働者のストライキが頻発し、農村では農民が地主を襲撃するなど各地で民衆が呼応した。
日本では1月に京都帝大の学生に最初の治安維持法が適用され、全国の社会科学連合会の学生の検挙が続いた。3月に大審院が朴烈と金子文子に死刑宣告を行い、後に減刑されたが、金子文子は獄中で自殺した(7月)。朴烈と金子文子が予審調室で寄り添う写真を配布した首謀者として北一輝が逮捕されたのは8月。9月には京都学連事件で野呂栄太郎・石田英太郎ら38人が有罪とされた。
5月に十勝岳が噴火し、144人が死亡した。日本航空が大阪ー大連間の定期空路を開設したが、これは初の海外定期飛行(9月)。東京に円タクが登場したこの年、ネオンサインが初登場し、半蔵門に自動信号塔が登場、京浜線電車に自動ドアが付設され、SBカレー粉が発売され、断髪が流行り、モガが現れた。小鳥の飼育が流行し、夏の簡単服であるアッパッパが流行した。
チャンバラ映画の隆盛は続き、大河内伝次郎がデビューしたこの年、邦画の製作数が洋画輸入数を上回った。築地小劇場が初の創作劇「役の行者」(坪内逍遥)を上演し、「この道」「酋長の娘」「ヨサホイ節」などが流行った。改造社が現代日本文学全集(全67巻)を刊行、1巻1円で円本と呼ばれ人気になった。「伊豆の踊り子」を川端康成が、「一寸法師」を江戸川乱歩が発表した。
銀座・松屋デパートで初の飛び降り自殺があり、千葉の出淵熊次郎が殺人放火など重ね逃走した(鬼熊事件)1926年は、大正15年であるが12月に嘉仁さんが死去、裕仁さんが天皇になり、昭和元年に改元された。東京日日新聞が新元号は「光文」に決定したとスクープしたものの、その後の閣議で元号は「昭和」に変更された。この年、アントニオ・ガウディ(スペイン建築家)やルドルフ・バレンティノ(米俳優)、尾上松之助、クロード・モネ(仏画家)、ライナー・リルケ(独詩人)らが亡くなった。
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